本帖最后由 T.S.Lin 于 2010-3-19 07:20 编辑
*文字說明來自線上資訊 【五稜郭跡】 稜堡と呼ばれる5つの突角を配し、星形五角形を呈する外観から五稜郭と呼ばれています。 7年の歳月をかけて元治元(1864)年に竣工した我が国最初の西洋式城塞・五稜郭は慶応3(1867)年4月に大政奉還を経て明治新政府へ引き継がれるまで、蝦夷地の中心地として重要な役割を果たしてきましたが、明治元(1868)年10月、榎本武揚率いる旧幕府脱走軍により占拠され、箱館戦争の舞台となった後は役所としての機能を失い、同4年には旧箱館奉行所庁舎および付属棟などの関係施設も大半が解体されることとなりました。 明治30年まで明治政府陸軍省の所管となり,大正3年からは「五稜郭公園」として一般公開され、昭和27年には「五稜郭跡」の名称で特別史跡として国の指定を受け、以後国民的遺産として保護・保存の措置が図られ、花見時期の1,600本を超えるサクラは、函館公園と並ぶ桜の名所ともなっています。 現在、函館市では平成22年度の完成を目指して箱館奉行所の復元工事を行っています。
【桜並木】 五稜郭公園といえば「桜」といわれるほど、桜の名所になっています。公園内の桜の総本数は、約1,600本あります。
【藤棚】 春には満開の花を咲かせ、トンネルができあがります。桜と同様五稜郭公園の顔のひとつになっています。
【武田斐三郎顕彰碑】 五稜郭公園中央、昭和39(1964)年7月18日函館市築城百年記念に建立されました。武田斐三郎は、五稜郭築城設計及び監督・函館奉行支配諸術調所教授役。 五稜郭は我が国はじめての洋式築城で、安政4年着工、7年の歳月を費やして、元治元(1864)年に竣工しました。のち旧幕府脱走軍がこの城に拠り、箱館戦争の本城となりました。 **據說觸摸(武田斐三郎さん)的頭像會變聰明…照片被摸得光亮,可見此現象。 【大砲】 博物館五稜郭分館入り口前、箱館戦争当時の大砲が二門展示してあります。一門は、築島台場の大砲で、口径14cmのイギリス製です。もう一門は、明治政府軍軍艦「朝陽」の大砲で、口径14cmのドイツ製です。 【兵糧庫】 箱館戦争当時、五稜郭内には22棟の付属建物が建てられたが、兵糧庫だけ解体をまぬがれ。木で作った水道管などを展示している。 【箱館奉行所】 城郭跡となっている五稜郭ですが、城は建っておらず箱館奉行所が建っていました。明治4年に解体されましたが、平成18年より復元工事が始まり、平成22年に完成予定です。 |