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[小说]伊豆の踊子

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发表于 2005-6-7 22:50:55 | 显示全部楼层
伊豆の踊子(第一章)

道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思うころ、雨足が杉の密林を
白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た。
私は二十歳、高等学校の制帽をかぶり、紺飛白の着物に袴をはき、学生カバンを肩に
かけていた。一人伊豆の旅に出てから四日目のことだった。修善寺温泉に一夜泊まり
、湯ヶ島温泉に二夜泊まり、そして朴歯の高下駄で天城を登って来たのだった。重な
り合った山々や原生林や深い渓谷の秋に見とれながらも、私は一つの期待に胸をとき
めかして道を急いでいるのだった。そのうちに大粒の雨が私を打ち始めた。折れ曲が
った急な坂道を駆け登った。ようやく峠の北口の茶屋にたどり着いてほっとすると同
時に、私はその入口で立ちすくんでしまった。あまりに期待がみごとに的中したから
である。そこに旅芸人の一行が休んでいたのだ。
突っ立っている私を見た踊子がすぐに自分の座布団をはずして、裏返しにそばに置い
た。
「ええ????。」とだけ言って、私はその上に腰をおろした。坂道を走った息切れと驚
きとで、?ありがとう。?という言葉が喉にひっかかって出なかったのだ。
踊子とま近に向かい合ったので、私はあわてて袂から煙草を取り出した。踊子がまだ
連れの女の前の煙草盆を引き寄せて私に近くしてくれた。やっぱり私は黙っていた。

踊子は十七くらいに見えた。私にはわからない古風の不思議な形に大きく髪を結って
いた。それが卵型のりりしい顔を非常に小さく見せながらも、美しく調和していた。
髪を豊かに誇張して描いた、稗史的な娘の絵姿のような感じだった。踊子の連れは四
十代の女が一人、若い女が二人、ほかに長岡温泉の印半纏を着た二十五六の男がいた

私はそれまでにこの踊子を二度見ているのだった。最初は私が湯ヶ島へ来る途中、修
善寺へ行く彼女たちと湯川橋の近くで出会った。その時は若い女が三人だったが、踊
子は太鼓をさげていた。私は振り返り振り返り眺めて、旅情が自分の身についたと思
った。それから、湯ヶ島の二日目の夜、宿屋へ流しが来た。踊子が玄関の板敷で踊る
のを、私は梯子段の中途に腰をおろして一心に見ていた。―あの日が修善寺で今夜が
湯ヶ島なら、明日は天城を南に越えて湯ヶ野温泉へ行くのだろう。天城七里の山道で
きっと追いつけるだろう。そう空想して道を急いで来たのだったが、雨宿りの茶屋で
ぴったり落ち合ったものだから私はどぎまぎしてしまったのだ。
まもなく、茶屋の婆さんが私の別の部屋へ案内してくれた。平常使わないらしく戸障
子がなかった。下をのぞくと美しい谷が目の届かないほど深かった。私は膚に粟粒を
こしらえ、かちかちと歯を鳴らして身震いした。茶を入れに来た婆さんに、寒いとい
うと、
「おや、だんな様おぬれになってるじゃございませんか。こちらでしばらくおあたり
なさいまし、さあ、おめしものをおかわかしなさいまし。」と、手を取るようにして
、自分たちの居間へ誘ってくれた。
その部屋は炉が切ってあって、障子をあけると強い火気が流れて来た。私は敷居ぎわ
に立って躊躇した。水死人のように全身青ぶくれの爺さんが炉端にあぐらをかいてい
るのだ。瞳まで黄色く腐ったような目を物うげに私の方へ向けた。身の回りに古手紙
や紙袋の山を築いて、その紙くずのなかに埋もれていると言ってもよかった。とうて
い生物と思えない山の怪奇を眺めたまま、私は棒立ちになった。
「こんなお恥ずかしい姿をお見せいたしまして????。でも、うちのじじいでございま
すからご心配なさいますな。お見苦しくても、動けないのでございますから、このま
まで堪忍してやって下さいまし。」
そう断ってから、婆さんが話したところによると爺さんは長年中風を煩って、全身が
不随になってしまっているのだそうだ。紙の山は、諸国から中風の療法を教えて来た
手紙や、諸国から取り寄せた中風の薬の袋なのである。爺さんは峠を越える旅人から
聞いたり、新聞の広告を見たりすると、その一つをも漏らさずに、全国から中風の療
法を聞き、売薬を求めたのだそうだ。そして、それらの手紙や紙袋を一つも捨てずに
身の回りに置いて眺めながら暮らして来たのだそうだ。長年の間にそれが古ぼけた反
古の山を築いたのだそうだ。
私は婆さんに答える言葉もなく、囲炉裏の上にうつむいていた。山を越える自動車が
家を揺すぶった。秋でもこんなに寒い、そしてまもなく雪に染まる峠を、なぜこの爺
さんはおりないのだろうと考えていた。私の着物から湯気が立って、頭が痛むほど火
が強かった。婆さんは店に出て旅芸人の女と話していた。
「そうかねえ。この前連れていた子がもうこんなになつたのかい。いい娘(あんこ)
になって、お前さんも結構だよ。こんなにきれいになったのかねえ。女の子は早いも
んだよ。」
小一時間経つと、旅芸人たちが出立つらしい物音が聞こえて来た。私も落ち着いてい
る場合ではないのだが、胸騒ぎするばかりで立ち上がる勇気が出なかった。旅慣れた
と言っても女の足だから、十町や二十町遅れたって一走りに追いつけると思いながら
、炉のそばでいらいらしていた。しかし踊子たちがそばにいなくなると、かえって私
の空想は解き放たれたように生き生きと踊り始めた。彼らを送り出して来た婆さんに
聞いた。
「あの芸人は今夜どこで泊まるんでしょう。」
「あんな者、どこで泊まるやらわかるものでございますか、旦那様。お客があればあ
り次第、どこにだって泊まるんでございますよ。今夜の宿のあてなんぞございますも
のか。」
はなはだしい軽べつを含んだ婆さんの言葉が、それならば、踊子を今夜は私の部屋に
泊まらせるのだ、と思ったほど私をあおり立てた。
雨足が細くなって、峰が明るんで来た。もう十分も待てばきれいに晴れ上がると、し
きりに引き止められたけれども、じっとすわっていられなかった。
「爺さん、お大事になさいよ。寒くなりますからね。」と私は心から言って立ち上が
った。爺さんは黄色い眼を重そうに動かしてかすかにうなずいた。
「旦那さま、旦那さま。」と叫びながら婆さんが追っかけて来た。
「こんなにいただいてはもったいのうございます。申しわけございません。」
そして私のカバンを抱きかかえて渡そうとせずに、いくら断わってもその辺まで送る
と言って承知しなかった。一町ばかりもちょこちょこついて来て、同じことを繰り返
していた。
「もったいのうごさいます。お粗末いたしました。お顔をよく覚えております。今度
お通りの時にお礼をいたします。この次もきっとお立ち寄り下さいまし。お忘れはい
たしません。」
私は五十銭銀貨を一枚置いただけだったので、痛く驚いて涙がこぼれそうに感じてい
るのだったが、踊子に早く追いつきたいものだから、婆さんのよろよろした足取りが
迷惑でもあった。とうとう峠のトンネルまで来てしまった。
「どうもありがとう。お爺さんが一人だから帰ってあげて下さい。」と私が言うと、
婆さんはやっとのことでカバンを離した。
暗いトンネルに入ると、冷たい雫がぽたぽた落ちていた。南伊豆への出口が前方に小
さく明るんでいた。

 楼主| 发表于 2005-6-7 22:51:35 | 显示全部楼层
伊豆の踊子(第二章)

トンネルの出口から白塗りのさくに片側を縫われた峠道が稲妻のように流れていた。
この模型のような展望の裾のほうに芸人たちの姿が見えた。六町と行かないうちに私
は彼らの一行に追いついた。しかし急に歩調をゆるめることもできないので、私は冷
淡なふうに女たちを追い越してしまった。十間程先きに一人歩いていた男が私を見る
と立ち止まった。
「お足が早いですね。- いい塩梅に晴れました。」
私はほっとして男を並んで歩き始めた。男は次ぎ次ぎにいろんなことを私に聞いた。
二人が話し出したのを見て、うしろから女たちがばたばた走り寄って来た。
男は大きい柳行李を背負っていた。四十女は小犬を抱いていた。上の娘が風呂敷包み
、中の娘が柳行李、それぞれ大きい荷物を持っていた。踊子は太鼓とそのわくを負う
ていた。
四十女もぽつぽつ私に話しかけた。
「高等学校の学生さんよ。」と、上の娘が踊子にささやいた。私が振り返ると笑いな
がら言った。
「そうでしょう。それくらいのことは知っています。島へ学生さんが来ますもの。」

一行は大島の波浮の港の人たちだった。春に島を出てから旅を続けているのだが、寒
くなるし、冬の用意はして来ないので、下田に十日ほどいて伊東温泉から島へ帰るの
だと言った。 大島と聞くと私は一層詩を感じて、また踊子の美しい髪を眺めた。大
島のこともいろいろ尋ねた。
「学生さんがたくさん泳ぎに来るね。」踊子が連れの女に言った。
「夏でしょう。」と、私がふり向くと、踊子はどぎまぎして、
「冬でも????。」と、小声で答えたように思われた。
「冬でも?」
踊子はやはり連れの女を見て笑った。
「冬でも泳げるんですか。」と、私はもう一度言うと、踊子は赤くなって、非常にま
じめな顔をしながら軽くうなずいた。
「ばかだ。この子は。」と、四十女が笑った。
湯ヶ野までは河津川の渓谷に沿うて三里余りの下りだった。峠を越えてからは、山や
空の色までが南国らしく感じられた。私と男とは絶えず話し続けて、すっかり親しく
なった。荻
 楼主| 发表于 2005-6-7 22:52:08 | 显示全部楼层
伊豆の踊子(第三章)

あくる朝の九時過ぎに、もう男が私の宿に訪ねて来た。起きたばかりの私は彼を誘っ
て湯に行った。美しく晴れ渡った南伊豆の小春日和で、水かさの増した小川が湯殿の
下に暖く日を受けていた。自分にも昨夜の悩ましさが夢のように感じられるのだった
が、私は男に言ってみた。
「昨夜はだいぶ遅くまでにぎやかでしたね。」
「なあに。聞こえましたか。」
「聞こえましたとも。」
「この土地の人なんですよ。土地の人はばか騒ぎをするばかりで、どうもおもしろく
ありません。」
 彼が余りに何げないふうなので、私は黙ってしまった。
「向こうのお湯にあいつらが来ています。ーほれ、こちらを見つけたと見えて笑って
いやがる。」
彼に指さされて、私は川向こうの共同湯のほうを見た。湯気の中に七八人の裸體がぽ
んやり浮かんでいた。
ほの暗い湯殿の奥から、突然裸の女が走り出して来たかと思うと、脱衣場のとっぱな
に川岸へ飛びおりそうな格好で立ち、両手を一ぱいに伸ばして何か叫んでいる。手拭
もない真裸だ。それが踊子だった。若桐のように足のよく伸びた白い裸身を眺めて、
私は心に清水を感じ、ほうっと深い息を吐いてから、ことこと笑った。子供なんだ。
私たちを見つけ喜びで真裸のまま日の光の中に飛び出し、爪先きで背いっぱいに伸び
上がるほどに子供なんだ。私は朗らかな喜びでことこと笑い続けた。頭がぬぐわれた
ように澄んで来た。微笑がいつまでもとまらなかった。
踊子の髪が豊か過ぎるので、十七八に見えていたのだ。その上娘盛りのように装わせ
てあるので、私はとんでもない思い違いをしていたのだ。
男といっしょに私の部屋に帰っていると、まもなく上の娘が宿の庭へ来て菊畑を見て
いた。踊子が橋を半分ほど渡っていた。四十女が共同湯を出て二人のほうを見た。踊
子はきゅっと肩をつぼめながら、しかられるから帰ります、というふうに笑って見せ
て急ぎ足に引き返した。四十女が橋まで来て声を掛けた。
「お遊びにいらっしゃいまし。」
「お遊びにいらっしゃいまし。」
上の娘も同じことを言って、女たちと帰って行った。男はとうとう夕方まですわり込
んでいた。
夜、紙類を卸して回る行商人と碁を打っていると、宿の庭に突然太鼓の書が聞こえた
。私は立ち上がろうとした。
「流しが釆ました。」
「ううん、つまらない。あんなもの。さ、さ、あなたの手ですよ。私ここへ打ちまし
た。」と、碁盤をつつきながら紙屋は勝負に夢中だった。私はそわそわしているうち
に芸人たちはもう帰り道らしく、男が庭から、
「今晩は。」と声を掛けた。
 私は廊下に出て手招きした。芸人たちは庭でちょっとささやき合ってから玄関へ回
った。男の後ろから娘が三人順々に、
「今晩は。」と、廊下に手をついて芸者のようにお辞儀をした。碁盤の上では急に私
の負け色が見え出した。
「これじゃしかたがありません。投げですよ。」
「そんなことがあるもんですか。私のほうが悪いでしょう。どっちにしても細かいで
す。」
紙屋は芸人のほうを見向きもせずに、碁盤の目を一つ一つ数えてから、ますます注意
深く打って行った。女たちは太鼓や三味線を部屋のすみにかたづけると、将棋盤の上
で五目並べを始めた。そのうちに私は勝っていた碁を負けてしまったのだが、紙屋は

「いかがですもう一石、もう一石願いましょう。」と、しつっこくせがんだ。しかし
私が意味もなく笑っているばかりなので紙屋はあきらめて立ち上がった。
娘たちが碁盤の近くへ出て来た。
「今夜はまだこれからどこかへ回るんですか。」
「回るんですが。」と、男は娘たちのほうを見た。
「どうしよう。今夜はもうよしにして遊ばせていただくか。」
「うれしいね。うれしいね。」
「しかられやしませんか。」
「なあに、それに歩いたってどうせお客がないんです。」
そして五目並べなぞをしながら、十二時過ぎまで遊んで行った。
踊子が帰ったあとは、とても眠れそうもなく頭がさえざえしているので、私は廊下に
出て呼んでみた。
「紙屋さん、紙屋さん。」
「よう …。」と、六十近い爺さんが部屋から飛び出し、勇み立って言った。
「今晩は徹夜ですぞ。打ち明かすんですぞ。」
私もまた非常に好戦的な気持ちだった。

 楼主| 发表于 2005-6-7 22:52:52 | 显示全部楼层
伊豆の踊子(第四章)

その次の朝八時が湯ケ野出立の約束だった。私は共同湯の横で買った鳥打ち帽をかぶ
り、高等学校の制帽をカバンの奥に押し込んでしまって、街道沿いの木賃宿へ行った
。二階の戸障子がすっかりあけ放たれているので、なんの気なしに上がって行くと、
芸人たちはまだ床の中にいるのだった。私は面くらって廊下に突っ立っていた。
私の足もとの寝床で、踊子がまっかになりながら両の掌ではたと顔を押えてしまった
。彼女は中の娘と一つの床に寝ていた。昨夜の濃い化粧が残っていた。唇と眦の紅が
少しにじんでいた。この情緒的な寝姿が私の胸を染めた。彼女はまぷしそうにくるり
と寝返りして、掌で顔を隠したまま蒲団をすべり出ると、廊下にすわり、「昨晩はあ
りがとうどざいました。」と、きれいなお辞儀をして、立ったままの私をまごつかせ
た。
男は上の娘と同じ床に寝ていた。それを見るまで私は、二人が夫婦であることをちっ
とも知らなかったのだった。
「大変すみませんのですよ。今日立つつもりでしたけれど、今晩お座敷がありそうで
ございますから、私たちは一日延ばしてみることにいたしました。どうしても今日お
立ちになるなら、また下田でお目にかかりますわ。私たちは甲州屋という宿屋にきめ
ておりますから、すぐおわかりになります。」と四十女が寝床から半ば起き上がって
言った。私は突っ放されたように感じた。
「明日にしていただけませんか。おふくろが一日延ばすって承知しないもんですから
ね。道連れのあるほうがよろしいですよ。明日いっしょに参りましょう。」と男が言
うと、四十女も付け加えた。
「そうなさいましよ。せっかくお連れになっていただいて、こんなわがままを申しち
ゃすみませんけれどー。明日は槍が降っても立ちます。明後日が旅で死んだ赤ん坊の
四十九日でございましてね、四十九日には心ばかりのことを、下田でしてやりたいと
前々から思って、その日までに下田へ行けるように旅を急いだのでございますよ。そ
んなことを申しちゃ失礼ですけれど、不思議なご縁ですもの、明後日はちょっと拝ん
でやって下さいましな。」
そこで私は出立を延ばすことにして階下へ降りた。皆が起きて来るのを待ちながら、
きたない帳場で宿の者と話していると、男が散歩に誘った。街道を少し南へ行くとき
れいな橋があった。橋の欄干によりかかって、彼はまた身の上話を始めた。東京であ
る新派役者の群れにしばらく加わっていたとのことだった。今でも時々大島の港で芝
居をするのだそうだ。彼らの風呂敷から刀の鞘が足のようにはみだしていたのだった
が、お座敷でも芝居のまねをして見せるのだと言った。柳行李の中はその衣裳や鍋茶
碗なぞの世帯道具なのである。
「私は身を誤った果てに落ちぶれてしまいましたが、兄が甲府で立派に家の跡目を立
てていてくれます。だから私はまあ入らない体なんです。」
「私はあなたが長岡温泉の人だとばかり思っていましたよ。」
「そうでしたか。あの上の娘が女房ですよ。あなたより一つ下、十九でしてね、旅の
空で二度目の子供を早産しちまって、子供は一週間ほどして息が絶えるし、女房はま
だ体がしっかりしないんです。あの婆さんは女房の実のおふくろなんです。踊子は私
の実の妹ですが。」
「へえ。十四になる妹があるっていうのはー。」
「あいつですよ。妹にだけはこんなことをさせたくないと思いつめていますが、そこ
にはまたいろんな事情がありましてね。」
それから、自分が栄吉、女房が千代子、妹が薫ということなぞを教えてくれた。もう
一人の百合子という十七の娘だけが大島生まれで雇いだとのことだった。栄吉はひど
く感傷的になって泣き出しそうな顔をしながら河瀬を見つめていた。
引き返して来ると、白粉を洗い落とした踊子が道ばたにうずくまって犬の頭をなでて
いた。私は自分の宿に帰ろうとして言った。
「遊びにいらっしゃい」
「ええ。でも一人ではー。」
「だから兄さんと。」
「すぐに行きます。」
まもなく栄吉が私の宿へ来た。
「皆は?」
「女どもはおふくろがやかましいので。」
しかし、二人がしばらく五目並べをやっていると、女たちが橋を渡ってどんどん二階
へ上がって来た。いつものようにていねいなお辞儀をして廊下にすわったままためら
っていたが、一番に千代子が立ち上がった。
「これは私の部屋よ。さあどうぞご遠慮なしにお通り下さい。」
一時間ほど遊んで芸人たちはこの宿の内湯へ行った。いっしょにはいろうとしきりに
誘われたが、若い女が三人もいるので、私はあとから行くとごまかしてしまった。す
ると踊子が一人すぐに上がって来た。
「肩を流してあげますからいらっしゃいませって、姉さんが。」 と、千代子の言葉
を伝えた。
湯には行かずに私は踊子と五目を並べた。彼女は不思議に強かった。勝継をやると、
栄吉や他の女はぞうさなく負けるのだった。五目ではたいていの人に勝つ私が力いっ
ぱいだった。わざと甘い石を打ってやらなくともいいのが気持ちよかった。二人きり
だから、初めのうち彼女は遠くのほうから手を伸ばして石をおろしていたが、だんだ
んわれを忘れて一心に碁盤の上へおおいかぶさって来た。不自然なほど美しい
 楼主| 发表于 2005-6-7 22:53:32 | 显示全部楼层
伊豆の踊子(第五章)

芸人たちはそれぞれに天城を越えた時と同じ荷物を持った。おふくろの腕の輪に小犬
が前足を載せて旅慣れた顔をしていた。湯ヶ野を出はずれると、また山にはいった。
海の上の朝日が山の腹を温めていた。私たちは朝日のほうを眺めた。河津川の行く手
に河津の浜が明るく開けていた。
「あれが大島なんですね。」
「あんなに大きく見えるんですもの、いらっしゃいましね。」 と踊子が言った。
秋空が晴れ過ぎたためか、日に近い海は春のようにかすんでいた。ここから下田まで
五里歩くのだった。しばらくの間海が見え隠れしていた。千代子はのんびりと歌を歌
い出した。
途中で少し険しいが二十町ばかり近い山越えの間道を行くか、楽な本街道を行くかと
言われた時に、私はもちろん近路を選んだ。
落葉ですべりそうな胸先き上りの木下路だった。息が苦しいものだから、かえってや
け半分に私は膝頭を掌で突き伸ばすようにして足を早めた。見る見るうちに一行は遅
れてしまって、話し声だけが木の中から聞こえるようになった。踊子が一人裾を高く
掲げて、とっとっと私について来るのだった。一間ほどうしろを歩いて、その間隔を
縮めようとも伸ばそうともしなかった。私が振り返って話しかけると、驚いたように
ほほえみながら立ち止まって返事をする。踊子が話しかけた時に、追いつかせるつも
りで待っていると、彼女はやはり足を止めてしまって、私が歩き出すまで歩かない。
道が折れ曲がって一層険しくなるあたりからますます足を急がせると、踊子は相変わ
らず一間うしろを一心に登って来る。山は静かだった。ほかの者たちはずっと遅れて
話し声も聞こえなくなっていた。
「東京のどこに家があります。」
「いいや、学校の寄宿舎にいるんです。」
「私も東京は知ってます、お花見時分に踊りに行ってー。小さい時でなんにも覚えて
いません。」
それからまた踊子は、
「お父さんありますか。」とか、
「甲府へ行ったことありますか。」とか、ぽつりぽつりいろんなことを聞いた。下田
へ着けば活動を見ることや、死んだ赤ん坊のことなぞを話した。
山の頂上へ出た。踊子は枯れ草の中の腰掛けに太鼓を降ろすと手巾(ハンカチ)で汗
をふいた。そして自分の足のほこりを払おうとしたが、ふと私の足もとにしゃがんで
袴の裾を払ってくれた。私が急に身を引いたものだから、踊子はこつんと膝を落とし
た。かがんだまま私の身の回りをはたいて回ってから、掲げていた裾をおろして、大
きい息をして立っている私に、「お掛けなさいまし。」と言った。
腰掛けのすぐ横へ小鳥の群が渡って来た。鳥がとまる枝の枯れ葉がかさかさ鳴るほど
静かだった。
「どうしてあんなに早くお歩きになりますの。」
踊子は暑そうだった。私が指でべんべんと太鼓をたたくと小鳥が飛び立った。
「ああ水が飲みたい。」
「見て来ましょうね。」
しかし、踊子はまもなく黄ばんだ雑木の間からむなしく帰って来た。
「大島にいる時は何をしているんです。」
すると踊子は唐突に女の名前を二つ三つあげて、私に見当のつかない話を始めた。大
島ではなくて甲府の話らしかった。尋常二年まで通った小学校の友だちのことらしか
った。それを思い出すままに話すのだった。
十分ほど待つと若い三人が項上にたどりついた。おふくろはそれからまた十分遅れて
着いた。
下りは私と栄吉とがわざと遅れてゆっくり話しながら出発した。二町ばかり歩くと、
下から踊子が走って来た。
「この下に泉があるんです。大急ぎでいらして下さいって、飲まずに待っていますか
ら。」
水と聞いて、私は走った。木陰の岩の間から清水がわいていた。泉のぐるりに女たち
が立っていた。
「さあ、お先きにお飲みなさいまし。手を入れると濁るし、女のあとはきたないだろ
うと思って。」とおふくろが言った。
私は冷たい水を手にすくって飲んだ。女たちは容易にそこを離れなかった。手拭をし
ぼって汗を落としたりした。
その山をおりて下田街道に出ると、炭焼きの煙が幾つも見えた。路傍の材木に腰をお
ろして休んだ。踊子は道にしゃがみながら、桃色の櫛で犬のむく毛をすいてやってい
た。
「歯が折れるじゃないか。」 とおふくろがたしなめた。
「いいの。下田で新しいのを買うもの。」
湯ヶ野にいる時から私は、この前髪にさした櫛をもらって行くつもりだったので、犬
の毛をすくのはいけないと思った。
道の向こう側にたくさんある篠竹の束を見て、杖にちょうどいいなぞと話しながら、
私と栄吉とは一足先きに立った。踊子が走って追っかけて来た。自分の背より長い太
い竹を持っていた。
「どうするんだ。」と栄吉が聞くと、ちょっとまごつきながら私に竹をつきつけた。

「杖にあげます。一番太いのを抜いて来た。」
「だめだよ。太いのは盗んだとすぐわかって、見られると悪いじゃないか。返して来
い。」
踊子は竹束のところまで引き返すと、また走って来た。今度は中指くらいの太さの竹
を私にくれた。そして、田の畦に背中を打ちつけるように倒れかかって、苦しそうな
息をしながら女たちを待っていた。
私と栄吉とは絶えず五六間先を歩いていた。
「それは、抜いて金歯を入れさえすればなんでもないわ。」 と、踊子の声がふと私
の耳にはいったので振り返ってみると、踊子は千代子と並んで歩き、おふくろと百合
子とがそれに少し遅れていた。私の振り返ったのに気づかないらしく千代子が言った

「それはそう。そう知らしてあげたらどう。」
私のうわさらしい。千代子が私の歯並びの悪いことを言ったので、踊子が金歯を持ち
出したのだろう。顔の話らしいが、それが苦にもならないし、聞き耳を立てる気にも
ならないほどに、私は親しい気持ちになっているのだった。しばらく低い声が続いて
から踊子の言うのか聞こえた。
「いい人ね。」
「それはそう、いい人らしい。」
「ほんとにいい人ね。いい人はいいね。」
この物言いは単純であけっ放しな響きを持っていた。感情の傾きをぽいと幼く投げ出
して見せた声だった。私自身にも自分をいい人だとすなおに感じることができた。晴
れ晴れと眼を上げて明るい山々を眺めた。瞼の裏がかすかに痛んだ。二十歳の私は自
分の性質が孤児根性でゆがんでいるときびしい反省を重ね、その息苦しいゆううつに
堪えきれないで伊豆の旅に出て来ているのだった。
だから、世間尋常の意味で自分がいい人に見えることは、言いようなくありがたいの
だった。山々の明るいのは下田の海が近づいたからだった。私はさっきの竹の杖を振
り回しながら秋草の頭を切った。
 途中、ところどころの村の入口に立て札があった。
 ー 物ごい旅芸人村に入るべからず。

 楼主| 发表于 2005-6-7 22:54:12 | 显示全部楼层
伊豆の踊子(第六章)

甲州屋という木賃宿は下田の北口をはいるとすぐだった。私は芸人たちのあとから屋
根裏のような二階へ通った。天井がなく、街道に向かった窓ぎわにすわると、屋根裏
が頭につかえるのだった。
「肩は痛くないかい。」と、おふくろは踊子に幾度もだめを押していた。
「手は痛くないかい。」
踊子は太鼓を打つ時の手まねをしてみた。
「痛くない。打てるね、打てるね。」
「まあよかったね。」
私は太鼓をさげてみた。
「おや、重いんだな。」
「それはあなたの思っているより重いわ。
あなたのカバンより重いわ。」 と踊子が笑った。
芸人たちは同じ宿の人々とにぎやかにあいさつをかわしていた。やはり芸人や香具師
(やし)のような連中ばかりだった。下田の港はこんな渡り鳥の巣であるらしかった
。踊子はちょこちょこ部屋へはいって来た宿の子供に銅貨をやっていた。私が甲州屋
を出ようとすると、踊子が玄関に先回りしていて下駄をそろえてくれながら、
「活動につれて行って下さいね。」と、またひとり言のようにつぶやいた。
 無頼漢のような男に途中まで道を案内してもらって、私と栄吉とは前町長が主人だ
という宿屋へ行った。湯にはいって、栄吉といっしょに新しい魚の昼食を食った。
「これで明日の法事に花でも買って供えて下さい。」
そう言ってわずかばかりの包金を栄吉に持たせて帰した。私は明日の朝の船で東京に
帰らなければならないのだった。旅費がもうなくなっているのだ。学校の都合がある
と言ったので芸人たちも強いて止めることはできなかった。
昼飯から三時間とたたないうちに夕飯をすませて、私は一人下田の北へ橋を渡った。
下田富士によじ登って港を眺めた。帰りに甲州屋へ寄ってみると、芸人たちは鳥鍋で
飯を食っているところだった。                        
                       
「一口でも召し上がって下さいませんか。女が箸を入れてきたないけれども、笑い話
の種になりますよ。」と、おふくろは行李から茶碗と箸を出して、百合子に洗って来
させた。
明日が赤ん坊の四十九日だから、せめてもう二日だけ出立を延ばしてくれと、またし
ても皆が言ったが、私は学校を楯に取って承知しなかった。おふくろは繰り返し言っ
た。
「それじゃ冬休みには皆で船まで迎えに行きますよ。日を知らせて下さいましね。お
待ちしておりますよ。宿屋へなんぞいらしちゃいやですよ、船まで迎えに行きますよ
。」
部屋に千代子と百合子しかいなくなった時活動に誘うと、千代子は腹を押さえてみせ
て、
「体が悪いんですもの、あんなに歩くと弱ってしまって。」 と、あおい顔でぐった
りしていた。百合子はかたくなってうつむいてしまった。踊子は階下で宿の子供と遊
んでいた。私を見るとおふくろにすがりついて活動に行かせてくれとせがんでいたが
、顔を失ったようにぼんやり私のところにもどって下駄を直してくれた。
「なんだって。一人で連れて行ってもらったらいいじゃないか。」と、栄吉が話し込
んだけれども、おふくろが承知しないらしかった。なぜ一人ではいけないのか、私は
実に不思議だった。玄関を出ようとすると踊子は犬の頭をなでていた。私が言葉を掛
けかねたほどによそよそしいふうだった。顔を上げて私を見る気力もなさそうだった

私は一人で活動に行った。女弁士が豆洋燈で説明を読んでいた。すぐに出て宿へ帰っ
た。窓敷居に肘をついて、いつまでも夜の町を眺めていた。暗い町だった。遠くから
絶えずかすかに太鼓の音が聞こえて来るような気がした。わけもなく涙がぽたぽた落
ちた。
 楼主| 发表于 2005-6-7 22:54:44 | 显示全部楼层
伊豆の踊子(第七章)

出立の朝、七時に飯を食っていると、栄吉が道から私を呼んだ。
 楼主| 发表于 2005-6-7 22:55:19 | 显示全部楼层
全文完。
发表于 2005-6-8 10:02:48 | 显示全部楼层
嗬嗬,当年到上海外文买这个小说的原版,花了不少银子。
发表于 2005-6-16 11:28:26 | 显示全部楼层
川端写的东西就两个字--拖得
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